査読者の指摘は「絶対」ではない

論文の査読プロセスでは、査読者からさまざまな修正や追加の提案を受けます。その中には、著者として素直に納得できる建設的な指摘もあれば、「この修正は本当に必要なのだろうか」「この方法に変更すると、むしろ研究本来の意図から外れてしまうのではないか」と疑問を抱く指摘も少なくありません。

では、査読者からの指摘には、すべて従わなければならないのでしょうか。

結論からいえば、査読者のすべての指摘に同意する必要はありません。妥当な学術的根拠があれば、提案を採用しないという判断は著者の正当な権利であり、むしろ研究の質と一貫性を守るために必要な場面もあります。ただし、その場合には「なぜ採用しなかったのか」をResponse Letter(回答書)の中で明確かつ丁寧に説明することが絶対条件です。説明なく指摘を無視することは、査読者や編集者に不誠実な印象を与え、最悪の場合リジェクトの理由になりかねません。

ここで覚えておきたいのは、査読者のコメントはあくまで論文を改善するための専門的な「意見」であって、必ずしも唯一の正解ではないということです。著者は研究の目的や背景、データの性質、分野の文脈を誰よりも詳しく把握しています。そのため、査読者から提案された変更が実際には適切ではないケースは十分にあり得るのです。

重要なのは、単に「同意できません」と突っぱねるのではなく、査読者の意見を尊重したうえで、研究上の根拠を具体的に示すことです。このバランスが取れた回答こそが、建設的な査読対応の第一歩といえます。

ケース1:追加実験を求められたが、実施しない場合

査読で最も多い指摘のひとつが「追加実験の要求」です。しかし、論文の目的から外れている、現在のデータで結論を十分に支持できる、研究期間やリソースの制約上実現不可能である、など追加実験を行わない合理的な理由がある場合も少なくありません。

その場合の基本的な構成は「感謝 → 不同意の表明 → 理由の提示」の3段階です。たとえば次のように回答できます。

We appreciate the reviewer's valuable suggestion. However, we believe that the additional experiment is beyond the scope of the present study because … (貴重なご提案に感謝いたします。しかし、この追加実験は以下の理由から本研究の範囲を超えるものと考えております。)

単に "We did not conduct the experiment."(実験は行いませんでした)とだけ書くのとでは、印象がまったく異なります。まず提案への謝意を示し、そのうえで実施しない理由を論理的に説明することで、判断の根拠が査読者に正しく伝わります。

さらに説得力を高めるには、「本研究の研究課題は○○であり、ご提案の実験は××を対象とするものであるため」「既存のデータで結論は十分に支持されている」「ご提案の実験は今後の研究課題(future work)として明記した」といった具体的な裏付けを添えるとよいでしょう。特に「将来の研究で検討する」という一文は、査読者の提案を否定せず評価する姿勢を示せるため、非常に効果的です。

ケース2:解析方法の変更を求められた場合

査読者から別の統計解析手法や研究デザインを提案されることも珍しくありません。しかし、現在採用している方法を維持する方が適切な場合もあります。たとえば、データの分布特性を考慮した選択である、分野の標準的ガイドラインに準拠している、提案手法では本研究の問いに答えられない、といったケースです。

このようなときには、

We thank the reviewer for this suggestion. However, we chose the current method because … (ご提案ありがとうございます。しかし、以下の理由から本研究では現在の方法を採用しております。)

という表現を起点に、方法を選択した根拠を説明します。ここで重要なのは、先行研究やガイドライン、統計学的な文献を引用することです。たとえば "This approach is consistent with the guidelines recommended by ○○ (Citation)." のように客観的な証拠を示せば、回答の説得力は飛躍的に高まります。査読者との意見の相違を「著者個人の好み」ではなく「学術的裏付けのある判断」として提示するのがポイントです。

ケース3:査読者が研究内容を誤解している場合

査読コメントを読んで、「研究内容が誤解されている」「本来の意図とは違う解釈をされている」と感じることもあるでしょう。査読者は多忙な中で複数の論文を読んでおり、誤読が生じること自体は不思議ではありません。

この場合、

The reviewer seems to have misunderstood …

のように査読者側の誤りを直接指摘する表現は避けるべきです。対立的なトーンを生むだけでなく、査読者の感情を害するリスクがあります。代わりに、本文の説明が十分ではなかった可能性を著者側の問題として引き受ける表現が適切です。

We apologize that our original description was not sufficiently clear. We have revised the relevant section to clarify that … (元の記述が十分に明確でなかったことをお詫びいたします。……という点が明確になるよう、該当箇所を修正いたしました。)

この形にすれば、査読者との対立を避けながら誤解を解消できます。

さらに重要な視点として、査読者が誤解したということは、一般の読者も同じように誤解する可能性があるということです。査読者はむしろ専門知識のある慎重な読者です。その読者が誤読した箇所は、論文の改善ポイントと捉えるべきでしょう。Response Letterでの説明にとどめず、論文本文の記述そのものを見直し、明確化する姿勢が、結果的に論文の質を高めることにつながります。

基本のフレーズ:respectfully disagree

不同意を表明する際の代表的な表現がこちらです。

We respectfully disagree with the reviewer's suggestion because … (査読者のご提案については、以下の理由から同意いたしかねます。)

"respectfully disagree" は、相手への敬意を示しながら異なる見解を述べる際の定番フレーズです。ただし、このフレーズを書けば十分というわけではありません。その後に続ける不同意の理由こそが回答の核心であり、データ、先行研究、研究デザイン上の制約など、具体的な根拠を必ず添えてください。

「丁寧な英語」だけでは十分ではない

査読者と意見が異なる場合、Response Letterでは英語の文法の正しさ以上に、論理構成とトーンが成否を左右します。

必要以上に低姿勢になれば著者の主張が弱くなり、「根拠のない譲歩」と受け取られかねません。逆に断定的すぎれば査読者への挑戦的な反論という印象を与え、審査が硬化するリスクがあります。求められるのは「敬意を保ちつつ、毅然と論理的に」という絶妙なバランスです。

AIツールを利用すれば、文法の修正や丁寧な表現への言い換えは比較的簡単にできます。しかし、「この回答で研究上の理由が十分に伝わるか」「査読者のコメントに正面から答えているか」「意図せず攻撃的な表現になっていないか」といった点は、文章全体の文脈と学術的妥当性を踏まえて人間の目で確認する必要があります。

NAIでは、論文本文の英文校正だけでなく、Response Letterの校閲も承っております。ネイティブかつ各分野に精通した専門家が、研究上の理由が正確に伝わるか、査読コメントへの回答として適切か、トーンは妥当かという観点から注意深く確認を行います。

まとめ

正当な理由があれば、査読者の指摘に従わないこと自体は、決して大きな問題ではありません。大切なのは、根拠を示し、相手への敬意を保ちながら、自分たちの研究上の判断を明確に説明すること。これがResponse Letterで意見の相違を伝える際の基本であり、査読プロセスを建設的な対話へと変える鍵です。

査読者からの厳しい指摘に直面したときは、ぜひ本記事の表現を参考に、自信を持って対応してみてください。

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