生成AIを活用しながら論文を書くことは、今や特別なことではありません。
文献を整理したり、英文のたたき台を作成したり、表現をブラッシュアップしたり。ChatGPTやClaude、Geminiなどの生成AIを日常的に活用している研究者も多いのではないでしょうか。ほんの数年前までは想像もできなかった作業スピードが、今では当たり前になりつつあります。
生成AIを使うことで、論文執筆のスピードは確実に上がりました。以前なら数時間かかっていた作業が数十分で終わることも珍しくありません。図表の下書き、参考文献の整理、Abstractの初稿づくり ― これまで研究者が個別に時間をかけていた作業の多くが、AIの支援によって短縮されています。
一方で、私たちが英文校閲を行っていると、「英語としては自然なのに、なぜか印象に残らない文章」、「文法は合っているのに、単調な内容」に出会うことがあります。
文法に問題はない。論理の流れも大きく崩れていない。それでも、「この研究だからこそ伝えたいこと」が十分に伝わってこないのです。
この違いは、どこから生まれるのでしょうか。
AIが作る「良い文章」と、研究者が書く「良い論文」は同じではない
生成AIは、文章を整理することが得意です。
曖昧な表現を整えたり、長い文章を簡潔にまとめたり、英文を自然な表現へ書き換えたりすることは、今やAIの得意分野と言えるでしょう。翻訳・要約・言い換えという領域では、すでに人間の作業を大幅に上回るスピードを実現しています。
そのため、論文のドラフト作成や英語表現の見直しでは、大きな力を発揮します。
しかし、論文には「文章」とは別の価値があります。それは、「この研究で何を最も伝えたいのか」という、著者自身の視点です。
例えば、同じ実験結果であっても、ある研究者は臨床応用への可能性を強調し、別の研究者は基礎的なメカニズムの解明を重要な成果として位置付けるかもしれません。またある研究者は、その結果が既存の理論に対してどのような修正を迫るかに焦点を当てるかもしれません。
どちらが正しいという話ではありません。その研究をどのような視点で捉え、どのような価値として読者へ届けたいのか。その考え方こそが、「研究者らしさ」なのです。
そして、この「らしさ」こそが、AIには生成できない領域だと言えます。
「研究者らしさ」はどこに表れるのか
研究者らしさというと、専門知識や経験を思い浮かべる方もいるかもしれません。しかし、論文の中では、それ以上に「考え方」が表れます。
例えば、Introductionでは、数多くある先行研究の中から、どの研究を取り上げ、どの課題を研究の出発点とするかによって、論文全体の方向性が決まります。何を「未解決の問い」として設定するかは、著者の視野の広さと問題意識を映し出す鏡です。
Discussionでも同様です。結果を慎重に解釈する研究者もいれば、新しい可能性を積極的に示す研究者もいます。同じデータから、どこまで踏み込んで議論するか、どの限界を率直に認めるか ― その匙加減にも研究者の姿勢が表れます。
Conclusionでも、「本研究は〇〇を示した」とまとめるのか、「本研究は今後の研究への足掛かりとなる」と締めくくるのかによって、読者が受ける印象は変わります。前者は成果を明確に打ち出し、後者は分野への貢献と発展性を訴えます。
こうした判断には、「正解」はありません。だからこそ、研究者一人ひとりの個性が現れるのです。
同じ研究テーマ・同じデータを扱っても、書き手が変われば論文の顔つきはまったく異なります。それは英語力の差というよりも、思考の癖と価値観の違いの反映なのです。
英語が自然でも、印象に残らない論文になる理由
英文校閲では、「文法的に間違っている英文」を修正するだけではありません。近年はAIの進歩もあり、英文そのものの品質は以前より向上しています。単純な文法ミスや不自然な語順はAIが事前にかなり整えてくれるようになりました。
そんな中、校閲者が英文法の誤り以上に注意しているのは、「この論文で本当に一番伝えたいことは何だろう」という点です。
例えば、Introductionでは研究の背景説明が丁寧である一方、研究目的が控えめに書かれてしまい、新規性が十分に伝わらないことがあります。「背景は詳しいが、それで結局何を明らかにしたい論文なのか」が読者に伝わらないケースです。
Discussionでは、結果の説明はされていても、「なぜこの結果に意味があるのか」という著者自身の考察が弱くなってしまうことがあります。データの記述に終始し、解釈と示唆が薄いままでは、読み手はその研究の価値を判断しにくくなります。
Conclusionでは、慎重にまとめようとするあまり、研究の価値が小さく見えてしまうケースもあります。控えめな筆致は美徳と受け取られる場合もありますが、国際ジャーナルでは「主張が弱い論文」と評価されるリスクにもつながります。
こうした点は、英語力だけでは解決できません。論文全体を通して、「この研究が読者にどう伝わるか」という視点が必要になります。
査読者が読んでいるのは「英語」だけではない
査読者は、英文そのものを評価しているわけではありません。もちろん、読みやすい英語であることは重要です。しかし、それ以上に見ているのは、
- 「この研究は何を明らかにしたのか」
- 「その主張を支える根拠は十分か」
- 「著者は結果を適切に解釈しているか」
- 「この分野にどのような貢献をするのか」
といった、研究としての説得力です。
どれほど流暢な英語でも、主張が曖昧であれば、その論文の価値は十分には伝わりません。反対に、多少表現を調整する余地があっても、研究の意図や新規性が明確に伝わる論文は、ジャーナル編集者や読者の印象に残ります。
つまり、査読者が評価しているのは「英語力」ではなく、「研究者として何を伝えようとしているか」なのです。この視点は、AIが英文を整えられる時代においてこそ、より重要になってきています。
自分の文章を客観的に読むということ
論文を書き続けていると、自分の文章を客観的に読むことは難しくなります。
「ここまで書けば伝わるだろう。」 「この結果の重要性は読めば分かるはずだ。」
そう思っていても、初めて読む人には意外と伝わっていないことがあります。書き手にとっては自明の前提が、読み手には抜け落ちて見える ― これは経験豊富な研究者であっても陥りやすい落とし穴です。
まして、英語が母語でないほとんどの日本人には、外国語となる英語でご自身の意図を十分に伝えることは難しい場合があります。日本語では暗黙のうちに伝わる含みや遠慮の美学が、英語では「主張の弱さ」や「論理のあいまいさ」として受け取られてしまうこともあります。
第三者が論文を読む価値は、文法の誤りを見つけることだけではありません。「著者が本当に伝えたかったことが、読者にもそのまま伝わるか。」この視点で論文全体を確認できることにあります。
私たちNAIでも、プレミアム校閲やプレミアムEX校閲では、単に英語を修正するだけではなく、論理の流れや主張の一貫性、研究の新規性が読者へ魅力的に伝わるかという点を意識して校閲を行っています。
研究者らしさを変えるのではなく、その価値がより伝わる形へ整えることが、私たちの役割だと考えています。書き手の声を消してしまう校閲ではなく、書き手の声をより明瞭に響かせる校閲を目指しています。
AI時代だからこそ、「あなたらしい論文」が価値になる
これからも生成AIは進化し、論文執筆を支える重要なツールであり続けるでしょう。ドラフト作成や英文表現の改善など、多くの作業はAIによってさらに効率化されていくはずです。文献レビューの初期整理、図表キャプションの下書き、参考文献リストのフォーマット調整 ― こうした作業はますますAIが担うようになります。
だからこそ、これから価値を持つのは、AIには書けない部分です。
- なぜこの研究を行ったのか。
- この結果をどう解釈するのか。
- 読者に何を持ち帰ってほしいのか。
- この分野の未来にどう寄与したいのか。
それは、研究者自身の経験や思考、そして研究への想いから生まれるものです。AIは過去のデータから最も確からしい表現を導き出すことは得意ですが、まだ言葉になっていない着想や、研究者個人の情熱を代弁することはできません。
AIで効率よく土台を作り、その上に自分自身の考えを積み重ねる。そして、その意図が査読者へ正しく伝わるよう、第三者の視点で磨き上げる。これからの論文執筆では、この流れが一つのスタンダードになっていくのではないでしょうか。
論文は、「正しい文章」を目指すものではありません。研究者一人ひとりの視点や価値が伝わる、「あなたらしい論文」であることが、何よりも大切なのです。
NAIはこれからも、研究者の皆さまの「伝えたい」を最大限に引き出すお手伝いを続けてまいります。あなたの研究がもつ本当の価値を、世界の読者へ届けるために。
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