2016年の翻訳者コラムから考える、これからの翻訳品質
2016年06月のNAI翻訳者が執筆したコラムをご紹介します。当時の気づきは、約10年を経た今、生成AIの台頭という新しい潮流のなかで、むしろ以前より鋭い問いを私たちに投げかけています。
ある翻訳者の回想 ― 2016年のコラムより
「ある日、翻訳者の私の手元に届いた原稿は、大学教授となって華々しく活躍する大学院時代の後輩の研究紹介でした。
そこには恩師も先輩、後輩達も多用していた、私には眩しくも懐かしい『世界に先駆けて成功』という決め文句がありました。
昔を思い出しつつ英訳をまとめた数日後、戻ってきた校正原稿には、この決め文句にネイティブ校正者のコメントがありました。
『この表現は少々珍妙。研究成果であるからには、「世界初」は当然であろう。…』
確かにその通り。最先端分野に携わる研究者なら、だれもが国境を越えた知と技術の最前線で奮闘しています。日本語の元原稿は、国内向けの視点で書かれたのかもしれません。しかしそれでも、敢えて「世界」を背景に見得を切る時代はとうに過ぎたのでしょう。眩しく思えた決め文句は、もうご隠居いただく時が来たのかもしれません。」
短いエピソードですが、翻訳という仕事の本質を突く珠玉の一節だと感じます。原文に忠実であることと、読み手に伝わることは、必ずしも同義ではない。そのことを、ネイティブ校正者の一言が静かに教えてくれています。
10年後の今、コラムが持つ新しい意味
このコラムが書かれてから約10年が経ちました。しかし、その内容は今なお色あせることなく、むしろ生成AIの普及によって、さらに重要な示唆を与えてくれています。
2016年当時、AI翻訳はまだ黎明期にあり、専門的な文書は人の翻訳者が丁寧に仕上げるのが当たり前でした。それから10年、状況は一変しました。誰もが数秒で英訳を得られる時代となり、「翻訳」という行為そのものの意味が問い直されています。
だからこそ、「世界に先駆けて成功」というフレーズをめぐる小さなエピソードが、今、より大きな重みを持って響いてくるのです。AIは原文を訳すことはできても、「その表現が読み手にどう届くか」までは、必ずしも判断できないからです。
翻訳で本当に重要なのは「伝わること」
日本語では自然に感じられる表現でも、そのまま英語に翻訳すると、海外の読者には違和感を与えてしまうことがあります。
- 「世界に先駆けて成功」
- 「世界最高水準」
- 「画期的な成果」
- 「業界をリードする」
- 「他の追随を許さない」
こうした表現は日本ではよく使われますが、英語圏の読み手は「何が、どのように新しいのか」「どんな指標で最高水準なのか」といった具体的な根拠を重視します。抽象的な賛辞よりも、数値・比較・独自性を示す事実が説得力を生むのです。
たとえば「世界に先駆けて成功した」を英訳する場合、単に "succeeded ahead of the world" とするのではなく、「どの技術領域で」「従来の何と比べて」「どのような結果をもって」先駆けたのかを織り込むことで、初めて海外の読者にも実感を持って受け止められる文章になります。
つまり、翻訳とは単に言葉を置き換える作業ではありません。読み手の文化や価値観、期待する情報の粒度まで考慮し、「自然に伝わる表現」へと再構成することが求められるのです。
AI翻訳が進化した今だからこそ、問われる「翻訳の価値」
近年はAI翻訳の精度が飛躍的に向上し、誰でも短時間で英文を作成できるようになりました。ビジネスメール、社内資料、簡単なウェブコンテンツであれば、AIだけで十分に実用に足る水準の訳文が得られます。
一方で、AIには苦手な領域も残されています。
1. 文化的ニュアンスの判断 「海外ではこの表現は少し不自然かもしれない」「この比喩は文化的に通じにくい」といった判断は、AIにとって依然として難題です。原文に忠実であればあるほど、かえって不自然な訳文になることさえあります。
2. 読み手を想定した最適化 同じ内容でも、研究者向けか、一般消費者向けか、投資家向けかで、選ぶべき言葉は大きく変わります。AIは文脈の指示があれば対応できますが、指示の設計自体は人が担う必要があります。
3. ブランドの一貫性 企業や研究機関には、それぞれ守るべきトーンや用語があります。AI単独ではこの一貫性を長期的に維持することが難しく、人による監修が欠かせません。
4. 「言わない方がよい」判断 冒頭のコラムのように、「あえて訳さない」「表現を差し替える」といった判断は、AIの得意分野ではありません。原文に書かれた言葉を、そのまま残すか、置き換えるか、削るか ― この選択こそが翻訳者の腕の見せどころです。
だからこそ、AIのスピードと、人による翻訳・校正の知見を組み合わせることが、高品質な多言語コミュニケーションにつながります。
NAIが目指す翻訳サービス
NAIでは、単なる英訳・和訳ではなく、「読み手に伝わる文章づくり」を重視しています。
研究論文、プレスリリース、Webサイト、技術資料、会社案内、IR資料、製品カタログ ― それぞれの用途や読者を考慮しながら、AIを活用した効率的な翻訳と、専門スタッフによる品質チェックを組み合わせることで、より自然で説得力のある文章をご提供しています。
研究論文の場合は、専門用語の正確さはもちろん、投稿先ジャーナルのスタイルや、査読者を意識した論理展開まで踏まえて仕上げます。「世界初」を主張したい箇所こそ、慎重に、しかし力強く表現する必要があります。
プレスリリースやWebサイトでは、読者が数秒で内容を理解できるかどうかが勝負です。日本語の格調高い言い回しをそのまま英訳するのではなく、海外メディアや顧客が「読みたくなる」構成に組み替えることも少なくありません。
技術資料や会社案内では、業界慣行や取引先の文化的背景も踏まえたうえで、誤解を招かない表現を選びます。
このように、目的と読者に応じて翻訳のアプローチを変えることこそ、NAIが大切にしている姿勢です。
翻訳の品質は、単語の正確さだけでは決まらない
翻訳の品質は、単語の正確さだけでは決まりません。
「この表現は海外でどう受け取られるだろうか。」 「読み手はこの一文から、何を感じ取るだろうか。」 「そもそも、この情報は相手にとって必要だろうか。」
そんな視点を持つことが、本当に伝わる翻訳への第一歩です。AIが瞬時に訳文を生成できる時代だからこそ、人が担うべき役割は「翻訳する」ことよりも「翻訳を設計する」ことへと重心を移しつつあります。
2016年のコラムが教えてくれるのは、言葉は時代とともに変わり、翻訳に求められる価値も進化し続けるということ。「世界に先駆けて成功」というかつての決め文句が、時代の変化とともにその輝きを変えていったように、これからも私たちは、言葉と読み手の関係を丁寧に見つめ直し続ける必要があります。
これからの翻訳、これからのNAI
生成AIは、翻訳のあり方を根本から変えつつあります。しかし、それは翻訳者の仕事が不要になったということではありません。むしろ、AIでは届かない領域 ― 文化の橋渡し、読み手への想像力、言葉の選択に込める意図 ― の重要性が、これまで以上に浮き彫りになっているのです。
NAIはこれからも、AIの力と翻訳者の知見を融合させ、お客様のメッセージを国内だけでなく世界へ正しく届けるお手伝いをしてまいります。「伝わる翻訳」への探求に、終わりはありません。10年前のコラムが今も響くように、これから10年、20年先も、私たちは言葉と真摯に向き合い続けます。
翻訳をご検討の際は、ぜひNAIまでお気軽にご相談ください。原稿の背景や目的、想定読者を丁寧にお伺いしたうえで、最適な翻訳プランをご提案いたします。
▼エヌ・エイ・アイ株式会社の科学論文サポートサービス
https://www.nai.co.jp/
▼別部門、NAIway翻訳サービスが展開する、「ヘルスメディカルポストエディット(PE)」
https://www.naiway.jp/service/healthmedicalpe/
