
科学研究の成果を世界に発信するうえで、研究そのものの質と同じくらい重要になるのが「論文をどのような英語で伝えるか」という問題です。
どれほど優れた研究結果であっても、論文の文章が分かりにくかったり、論理関係が曖昧だったりすると、読者に研究の価値を十分に理解してもらえない可能性があります。特に英語を母語としない研究者にとって、研究内容そのものとは別に、英文表現を国際的な学術論文の水準に整えることは大きな課題です。
2017年12月に、弊社校閲者が科学論文の編集について次のような考えを述べました。
“Scientific editing requires clarity, precision, and speed.”
つまり、科学論文の編集には、**明確さ(clarity)、正確さ(precision)、そしてスピード(speed)**が必要だということです。
この3つは、現在でも科学英文を考えるうえで非常に重要なキーワードだと考えています。
科学英文の編集は「英語を直す」だけではない
英文校正や英文編集というと、「文法の間違いを修正する仕事」というイメージを持つ方も少なくありません。
もちろん、文法チェックは重要です。しかし、科学論文の編集に求められる役割は、それだけではありません。
原文では、編集者としての目標について次のように述べています。
“Accordingly, as an editor, I aim to present a manuscript in a coherent manner while ensuring that the author’s original meaning and intended emphasis are retained.”
ここで特に重要なのが、author’s original meaning and intended emphasis、つまり「著者が本来伝えようとしている意味と、意図した強調点を維持する」という考え方です。
科学論文では、一つの単語や表現の違いが研究結果の解釈に影響することがあります。
例えば、著者が「可能性がある」と述べているにもかかわらず、編集によって「証明された」というニュアンスになってしまえば、研究結果を過度に強く表現することになります。
逆に、著者が研究上の重要な発見を明確に強調しているのに、文章を必要以上に弱めてしまえば、論文のメッセージが伝わりにくくなります。
したがって、優れた科学英文編集とは、編集者が自分の英語表現を押し付けることではありません。
著者の研究内容と意図を正しく理解し、それを読者にとって分かりやすい英語へ変換すること。
これが科学論文編集の重要な役割の一つです。
「シンプルで簡潔な文章」が強い科学英文をつくる
原文には、次の印象的な一文もあります。
“Simplicity and conciseness are the hallmarks of a well-written manuscript.”
「シンプルさと簡潔さは、よく書かれた原稿の特徴である」という意味です。
科学論文では、難しい単語をたくさん使うことが、必ずしも優れた英文につながるわけではありません。
むしろ重要なのは、読者が一度読んだだけで意味を理解できる文章を書くことです。
研究者は自分の専門分野について非常に深い知識を持っています。そのため、自分にとっては明らかな内容でも、論文を初めて読む研究者には分かりにくい場合があります。
特に国際誌では、読者が必ずしも同じ研究分野の専門家とは限りません。
そのため、
- 一文を必要以上に長くしない
- 一つの文章に多くの情報を詰め込みすぎない
- 主語と動詞の関係を明確にする
- 曖昧な修飾関係を避ける
- 同じ意味の言葉を重複して使わない
- 結論や主張を明確に示す
といった基本的な工夫が重要になります。
「難しい英語を書く」のではなく、専門的な内容を、できるだけ明確な英語で書く。
これが科学英文におけるシンプルさの本質です。
編集者に求められる「専門性」と「国際基準」
科学論文の編集では、英語だけが分かればよいわけではありません。
2017年の原文では、編集者の仕事について次のように説明しています。
“From an editor’s perspective, meeting the above-mentioned requirements involves leveraging his/her expertise to ensure that a manuscript is technically sound while conforming to international standards of publication in terms of content and language.”
ここには、科学編集者の役割がよく表れています。
編集者には、原稿を単に「英語として正しい文章」にするだけでなく、科学論文として技術的に適切であるか、また国際的な出版基準に沿っているかを確認する視点が求められます。
もちろん、研究そのものを編集者が変更するわけではありません。
しかし、例えば文章の論理が不明瞭であったり、ある結果について何を示しているのかが分かりにくかったりする場合には、文章構造を整理することで著者の意図をより明確にできます。
ここで大切なのは、「編集」と「研究内容の変更」を混同しないことです。
編集者の仕事は、研究者の代わりに研究結果を解釈することではありません。
あくまで、著者が伝えたいことを正確に、明確に、そして国際的な読者に伝わる形で提示することです。
日本人研究者が特に注意したい2つのポイント
2017年のブログでは、日本人研究者の英文について、特に注意すべきポイントとして二つを挙げています。
それが、
- 冠詞(a, an, the)
- 主語と動詞の一致
です。
原文では次のように述べています。
“I have found that article usage (a, an, the) and subject-verb agreement (singular verbs for singular subjects and plural verbs for plural subjects) are the primary focus areas for Japanese authors in terms of improving their written English.”
日本語には英語の冠詞に直接対応する仕組みがないため、a、an、theの使い分けは、日本人英語学習者にとって難しいポイントの一つです。
また、日本語では主語が省略されることも多く、単数・複数によって動詞の形が変わる英語とは文法的な特徴が大きく異なります。
そのため、科学論文を書く際には、内容だけでなく、こうした基本的な文法にも注意する必要があります。
冠詞――a、an、theをどう考えるか
英語の冠詞は、日本語を母語とする研究者にとって特に難しい項目です。
例えば、
a study
と
the study
では、読者が受け取る意味が異なります。
「a study」は、ある一つの研究を一般的に指す場合に使われます。一方、「the study」は、すでに話題になっている特定の研究や、その文脈から特定できる研究を指す場合に使われます。
科学論文では、この違いが文章の意味を左右することがあります。
例えば、
A previous study reported that...
という表現なら、「ある先行研究では……と報告された」という意味になります。
一方、
The previous study reported that...
とすると、文脈上すでに特定されている先行研究を指しているように読まれます。
この違いは小さく見えるかもしれません。しかし、論文では「何を指しているのか」を正確に示すことが非常に重要です。
冠詞を一つ加えるだけで、読者が情報をどのように理解するかが変わることがあります。
主語と動詞の一致にも注意する
もう一つ重要なのが、subject-verb agreement、つまり主語と動詞の一致です。
原文では、
“singular verbs for singular subjects and plural verbs for plural subjects”
と説明されています。
基本的には、単数の主語には単数形の動詞、複数の主語には複数形の動詞を使うというルールです。
例えば、
The result shows a significant difference.
では、主語が “The result” という単数形なので、動詞は “shows” になります。
一方、
The results show a significant difference.
では、主語が “The results” という複数形なので、動詞は “show” になります。
科学論文では、results、data、findings、samples、patientsなど、複数形の主語が頻繁に登場します。
さらに、主語と動詞の間に長い修飾語句が入ると、動詞の形を間違えやすくなります。
例えば、
The results of the experiments conducted under several different conditions show...
という文章では、主語は “The results” です。
“of the experiments conducted under several different conditions” は主語を説明している部分であり、動詞の数を決める主語ではありません。
このような構造を正確に見抜くことが、科学英文の品質向上につながります。
科学論文では「正しい英語」だけで十分なのか
ここで、一つ重要な点があります。
英文法が正しければ、それだけで優れた科学論文になるのでしょうか。
答えは「必ずしもそうではない」です。
文法的に正しい文章でも、読者にとって分かりにくいことがあります。
例えば、一つの文章が非常に長く、複数の条件、結果、解釈が一文の中に詰め込まれている場合です。
文法的な誤りがなくても、読者は「結局、この文章で何を言いたいのだろう」と感じるかもしれません。
だからこそ、科学英文ではclarity――明確さが重要になります。
文章を編集するときには、「文法的に正しいか」だけではなく、
「この文章で最も伝えたいことは何か?」
「読者は一読して理解できるか?」
「主張と根拠の関係が明確か?」
「修飾語がどの言葉にかかっているか明確か?」
といった観点から確認する必要があります。
「スピード」も科学編集の品質の一部
冒頭で引用した文章には、clarityとprecisionだけでなく、speedという言葉も含まれています。
“Scientific editing requires clarity, precision, and speed.”
科学論文の投稿には、当然ながら締切があります。
投稿予定日、修正稿の提出期限、学会や研究費申請に伴うスケジュールなど、研究者はさまざまな期限の中で論文を準備しています。
そのため、どれほど丁寧な編集であっても、必要なタイミングに間に合わなければ十分な価値を提供できません。
2017年の原文でも、次のように述べています。
“Moreover, absolute commitment to client satisfaction and deadline adherence is of paramount importance.”
ここで示されているのは、依頼者の満足と納期を守ることへの責任です。
科学論文編集においては、文章の質だけでなく、研究者のスケジュールを理解したうえで仕事を進めることも重要になります。
良い編集とは「書き換えすぎない」ことでもある
英文をきれいにしようとすると、つい大幅に書き換えたくなることがあります。
しかし、科学論文では注意が必要です。
研究者が意図して選んだ表現には、研究上の意味が含まれている可能性があります。
そのため、編集者が「こちらの表現のほうが英語として自然だから」という理由だけで文章を変更すると、著者が本来意図していたニュアンスが失われることがあります。
だからこそ、
“the author’s original meaning and intended emphasis are retained”
という原文の考え方が重要になります。
良い編集とは、文章を大きく変えることではなく、必要なところを必要なだけ改善することとも言えます。
文章の問題点を見つけ、それを修正しながら、著者の声や研究上の意図を残す。
これは科学英文編集における非常に重要なバランスです。
日本の研究成果を世界へ届けるために
2017年の原文では、
“Japan is a global leader in cutting-edge research.”
と述べています。
日本には、さまざまな分野で世界に誇る研究成果があります。
しかし、研究成果が生まれたことと、その成果が世界中の研究者に正確に理解されることは別の問題です。
研究成果を国際誌で発表するためには、研究内容そのものに加えて、それを伝えるための文章も重要になります。
特に英語論文では、細かな文法上の問題が読者の理解を妨げることがあります。
冠詞の使い方。
主語と動詞の一致。
長すぎる文章。
曖昧な修飾関係。
不必要に複雑な表現。
こうした問題を一つずつ整理していくことで、研究者が本当に伝えたいメッセージが、より明確になります。
これは単に「英語が上手になる」という話ではありません。
研究成果そのものの価値を、正確に世界へ届けるためのコミュニケーション改善なのです。
まとめ――科学英文編集で大切なのは「伝える力」
2017年12月に書いた科学論文編集についての文章を振り返ると、現在にも通じる基本的な考え方が見えてきます。
科学英文の編集で大切なのは、
- Clarity:明確さ
- Precision:正確さ
- Speed:スピード
- Simplicity:シンプルさ
- Conciseness:簡潔さ
です。
そして、それらを実現する際に決して忘れてはいけないのが、著者の本来の意味と意図した強調点を維持することです。
英文校正は、単純に文法上の間違いを探す作業ではありません。
研究者が何を発見し、何を主張し、何を読者に理解してほしいのかを考え、そのメッセージが最も伝わりやすい形に文章を整える仕事です。
日本人研究者にとっては、冠詞のa、an、theや、主語と動詞の一致といった基本的な文法を見直すだけでも、英文の精度を大きく改善できる場合があります。
しかし、最終的に目指すべきなのは「文法的に正しい英語」だけではありません。
読者が迷わず理解でき、研究の価値と著者の意図が正確に伝わる英語です。
2017年のブログで掲げた「clarity, precision, and speed」という考え方は、科学コミュニケーションがますます国際化する現在においても、重要な指針であり続けています。
優れた研究を、優れた文章で世界へ。
そのために、科学英文の編集では、英語そのものだけでなく、「何を、誰に、どのように伝えるのか」という視点を持つことが大切です。

